私がサポーターになった理由

VOICE

「先代視点」から「アトツギ視点」へ。58歳で出会った、“生きた学び”


Profile

レオン

さん

キャリアコンサルタント

キャリアコンサルタントとして、長年「人の成長」に伴走してきたレオン。組織開発や事業承継の現場に関わる中で、ある一つの壁に突き当たります。「自分は先代の想いに寄り添いすぎて、アトツギの真の葛藤を置き去りにしていなかったか?」という問いです。「自分の伸び代を見つけたい」と門を叩いた認定サポーター講座。そこで得たのは、単なる知識ではなく、アトツギという存在を「希望」として捉え直すための新しい視座でした。地方に眠る「良いもの」を未来へつなぐために、支援者はどうあるべきか。

百貨店、政治家秘書、商社、独立…「よく生きる」を軸に繋がったキャリア

――まずはこれまでの歩みについて教えてください。

中学から大学まで陸上競技の岡山県大会で優勝していたこともあって地元志向が強く、地域開発を進めていた地元百貨店に就職。ところがバブル崩壊で事業規模が縮小したため転職。学生時代お世話になっていた県議の秘書になり、その後、系列の国会議員の秘書になりました。

高齢化社会の現場を知ろうと個人的にホームヘルパーの資格を取得した矢先に議員が落選したため、知人の紹介で大阪の医療福祉商社に転職しました(雪山の写真は社内研修で年6回登っていた金剛山)。そこでたまたま総務人事に配属され、人を育てる仕事に興味を持ち、コーチングを学び、2000年に個人事業主として独立。「自分らしく、よく生きる」支援をしたいと意味を込めて、「オフィス・ウェルビーイング」という屋号にしました。

その後、若年者のキャリア支援のためにキャリアコンサルタントの資格も取得し、NPOも設立しましたが、自分自身が年齢を重ねていく中で、次第に世代ごとのキャリア上の課題が見えてきて、採用支援業務のほかに、中堅、シニア向けのキャリア研修などに関わってきました。

これまでのキャリアを振り返ってみると、一見、バラバラに見えるかもしれませんが、実は個人の一生涯を見渡して支援する、という意味を持っていることに気づきました。そして、その最終到達点が「事業承継」だったんです。親(先代)と子(アトツギ)の世代を繋ぐ仕事。自分らしいキャリア形成支援と、地域の社会の問題解決。これまでの経験がすべて繋がった感覚がありました。

「ロングターミズム」という物差し。当事者の心理を多角的に捉える

――実際に受講してみて、どのような発見がありましたか?

一番の収穫は、「ロングターミズム(長期的視野)」と「アントレプレナーシップ」の概念を整理できたことです。 先代は昔話を語り、アトツギは未来を見てイベントを仕掛けることが多く、そこに大きな乖離を感じていました。しかし、2つの概念を視野に入れると、実はどちらも大切で、「時間軸」を広げることで、取り組み事項の「深さ・浅さ」を捉えられるようになったのが大きな収穫でした。

また、講座では同じ事例でも、診断士の方、元アトツギの方など、参加者10人が見ている視点が全く違う。自分にはなかったそれぞれの「当事者の心理」や「覚悟の重さ」を知ることができました。それによって支援者としての解析度がぐっと高まりました。

――講座を受けたことで、実際の支援現場にも変化はありましたか?

ええ、顕著に変わりました。

現在関わっている企業の社長(アトツギ)に、「これまで先代の立場しか見えていませんでしたが、改めて社長の気持ちに寄り添いたいと思って勉強しています」と伝えたんです。

以前なら「なぜ父親に反発しているのか」を理解できず、ただ無力感を感じていた場面でも、「今の状況やこのステージなら仕方ないのかも」と相手を理解する視点が生まれました。それによって社長との関係性が変わってきたことが最大の変化です。

民藝の精神で「古くても良いもの」を未来へ繋ぐ

――レオンは「民藝」についても深い造詣をお持ちですが、アトツギ支援とどう結びついているのでしょうか。

民藝(民衆的工藝の略称)運動は、今から100年前、鉄道等の普及にともない、全国各地の良質な手仕事が柳宗悦らによって「発見」されたことで始まりました。

その後、何度か民藝ブームが起きていますが、「良いものが勝手に残る」わけではないんです。ブームになると、個性や地域性が消え、全国で似たようなものが現れます。また、後継者不在、原料費の高騰、宅地化による煙害規制による廃業など、時代や環境の変化に対応できない産地は廃れてしまいました。

アトツギ支援もそれにとてもよく似ていて、地域性や家業としてのアイデンティティを見つめ直し、変化に耐えうる普遍的なビジョンを示していく必要性を感じます。私にとって「アトツギ支援」は民藝運動にとても近い感覚なんです。

今後はアトツギの「採用支援」にも力を入れたい。

――これから力を入れて取り組みたいことは何ですか?

少子化や人口減により、地域の中小企業にとって若者の採用活動は年々難しくなっていますが、自社の歴史を紐解き、そのプレゼンス(存在感)を未来に向けてプレゼンできるようになれば、その熱量はきっと、今の若者たちにも響くと思います。

アトツギが「これからの地域や社会、歴史をこう変えていくんだ」と語るピッチができれば、共感する仲間は必ず集まりますよね。

先日、初めてアトツギ甲子園の地方大会を会場で見学したのですが、本当にそう思いました。そうやってその地方にしかない「彩り」を守っていきたいですね。

年齢に関係なく、自分の「伸び代」を見つけられる場所

――この講座は、どのような方におすすめしたいですか?

地域の文化やそこで暮らす人を大切に想う人。そして、立場や年齢に関わらず「自分の伸び代を見つけたい人」です。私は現在58歳ですが、今回の講座を受講して、「まだまだ自分にも伸び代がある」と実感したんです。

単なる理論や権威者の教えを学ぶだけではなく、ここには参加者それぞれの経験が共鳴する「生きた学び」があります。20代でも50代のサポーターでも、お互いの視点からリスペクトを持って学びあえる。年齢や職種に関係なく、異なる属性の方々と触れ合い、新しいリレーションが生まれる貴重な場だと思います。

――これから認定サポーターを目指す方へ、メッセージをお願いします。

以前、水木しげるさんに関する記事を読んでいて「都会には暗闇がない」という話がとても印象に残っているのですが、明るすぎる世界では、かえって見えなくなるものがあるんですよね。アトツギ支援を考えるとき、私の頭に浮かぶのは「夜空に輝く星々」のイメージです。都会では見えない星たちが、地方の夜空では次第に見えてくる。やがてそれらは、星座や天の川となって天空を彩る。

私たちサポータ−の役割は、太陽のように周囲を照らすものではなく、むしろ一隅を照らす存在として、アトツギを輝かせるお手伝いなのではないかと思っています。

「自分の一言が、誰かの価値観を照らす」。そんな役割に共感できる方とぜひ一緒に活動していきたいです。ここは、そんな温かくて熱い場所ですよ。